方丈記私記 堀田善衛

「天皇制というものの存続の根源は、おそらく本歌取り思想、生者の現実を無視し、政治のもたらした災殃を人民は目をパチクリさせられながら無理やりに呑み下され、しかもなお伝統憧憬に吸い込まれたいという、われわれの文化の根本にあるものに根づいているのである。」(p.227、阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ)

1945年3月10日東京下町の大空襲、米軍の無差別絨毯爆撃のあと、堀田善衞が現場に行くと、巡幸に来た昭和天皇におばあちゃんが、こんなことになっちまって申し訳ないと、お辞儀をしていたという。

「土下座をして、涙を、流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざ焼いてしまいました」

「ところが責任は、原因を作った方にはなくて、結果を、つまりは焼かれてしまい、身内の多くを殺されてしまった者の方にあることになる!〈中略〉こういう奇怪な逆転がどうしていったい起り得るのか!」

(三 羽なければ、空をも飛ぶべからず 61頁)

どちらかというと、怒って然るべきなのに、その光景に作者は衝撃を受けた。読んでる自分も衝撃だった。

軍事施設以外を狙った攻撃は戦争でルール違反だということを知らなかった。下町の大空襲は、その悲惨さしか知らない。戦争とは民家も焼き払われるものだと思っていた。

民家群への絨毯爆撃と、その処分について大岡昇平著『ながい旅』で少し知った。

米国に対しての感情形成って、複雑に出来ている。

著)堀田善衞
ちくま文庫 2012年第15刷