カテゴリー別アーカイブ: 評論・批評

方丈記私記 堀田善衛

「天皇制というものの存続の根源は、おそらく本歌取り思想、生者の現実を無視し、政治のもたらした災殃を人民は目をパチクリさせられながら無理やりに呑み下され、しかもなお伝統憧憬に吸い込まれたいという、われわれの文化の根本にあるものに根づいているのである。」(p.227、阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ)

1945年3月10日東京下町の大空襲、米軍の無差別絨毯爆撃のあと、堀田善衞が現場に行くと、巡幸に来た昭和天皇におばあちゃんが、こんなことになっちまって申し訳ないと、お辞儀をしていたという。

「土下座をして、涙を、流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざ焼いてしまいました」

「ところが責任は、原因を作った方にはなくて、結果を、つまりは焼かれてしまい、身内の多くを殺されてしまった者の方にあることになる!〈中略〉こういう奇怪な逆転がどうしていったい起り得るのか!」

(三 羽なければ、空をも飛ぶべからず 61頁)

どちらかというと、怒って然るべきなのに、その光景に作者は衝撃を受けた。読んでる自分も衝撃だった。

軍事施設以外を狙った攻撃は戦争でルール違反だということを知らなかった。下町の大空襲は、その悲惨さしか知らない。戦争とは民家も焼き払われるものだと思っていた。

民家群への絨毯爆撃と、その処分について大岡昇平著『ながい旅』で少し知った。

米国に対しての感情形成って、複雑に出来ている。

著)堀田善衞
ちくま文庫 2012年第15刷

両大戦間の世界

安倍政権になって、日本が右傾化している。という。いや、そもそもが左寄りだったのが、中道になっただけだ、という人もいる。

大岡昇平の『レイテ戦記(上)』に「戦後ニ五年、現代日本の軍国主義への傾斜」とある。右傾化、軍国への懸念は、戦後いつの時代でもあったらしい。それが、日本をバランス良く保つ民族の知恵なんだろうか。

ただ、シャルリ、IS、ボコハラムなどなど、世界で盛り上がる民族主義、頻発するテロをみて、なんかモヤモヤ感は高まってる。

聞けば、ナチスは民主選挙から生れたというし、第一次世界大戦の記憶も生々しいのに第二次世界大戦はなぜ起きえたのか?ソビエトは?

安倍政権の役割を考えるのに、こうした20世紀の歴史を学ぶのも悪くないだろう。

『両大戦の間の世界』は本棚に長い間眠ってた。だけど1910年から1950年までの40年間を俯瞰するのに最適な書だった。

経済恐慌の襲来 268頁

ナチス党の大躍進

林健太郎

海炭市叙景 佐藤泰志

初めて読む佐藤泰志本。友人の勧め。

函館には一度行ったことがある。ロープウェイ、山、駅前、路面電車など、なんとなく覚えている。

観光地としての函館と、日常の函館。海炭市叙景には、観光地に暮らすローカルな生活が細かく描き込まれている。

日常って書く方も読む方も忍耐強くないと無理。それだけに、なんでこういう描写なの?とか読みながら考えてしまった。

劇的な展開はないのに、なぜか惹きつけられる本。読み終わったあとも、描かれた風景が頭に残る。

レイテ戦記(上)(中)(下)

引き続き大岡昇平の戦記物を読む。レイテ戦記。気になった箇所を抜き出して記録しとこう。

「卑怯を憎む観念は戦国武士にもやくざの中にもあるのに、私が今日カイバアンの日本兵の物語をすると、大抵の元兵士は「うまくやりよったな」という。いつからわれわれはこうなってしまったのか。

明治開化以来、対外的に無理に無理を重ねて来て積った怨恨の結果なのである。

太平洋戦線で戦った日本兵は、米軍の物量を「卑怯」と感じた。なにをしてもかまわないという観念もこの感情から生れたと思われる。しかし、相手もわれわれと同じく徴募された市民である。同じ市民同士の間には、戦争以前の、人間としての良心の問題があると私は考える。」(八  抵抗  上巻172頁)

「空から降って来る人間の四肢、壁に張りついた肉片、階段から滝のように流れ落ちる血、艦底における出口のない死、などなど、地上戦闘では見られない悲惨な情景が生れる。海戦は提督や士官の回想録とは違った次元の、残酷な事実に充ちていることを忘れてはならない。 」 (九 海戦   上巻191頁)

「レイテ沖海戦全般を通じて、通信が海戦の経過に重大な役割を果たしているのが特色である。海戦は三〇〇カイリ離れた三つの海面で行われており、それを連繋するものは通信よりなかった。」(九 海戦  上巻209頁)

「しかし「死を賭して」はいうは易く行うに難いことである。〈中略〉ただ人は軍人の習慣とか、戦場における心理の昂進、あるいは信念に鼓舞されて、恐怖を超越するだけである。

しかしこれが一艦隊の長時間の行動となると、話は複雑となる。司令官や幕僚の個人的性格は勿論、全将兵のいわゆる「士気」といわれるものが作用する。」(九 海戦   上巻245頁)

「『戦藻録』にはないが、多くの回想には、敵は忽ち逃げてしまったという物語がついている。これは恐怖から見た幻が消えたのを、合理化するために見る第二の幻である。そういう時敵が「逃げた」と強気に表現するのが、われわれ日本人の悲しい習性であるわけだ。」(九 海戦上巻249頁)

「偵察機を持たない栗田長官は、すべて自分の想像したものによって決断していた。しかも彼はこれを退却と思いたくはなかった。」( 九 海戦上巻251頁)

「すべて大東亜戦について、旧軍人の書いた戦史及び回想は、このように作為を加えられたものであることを忘れてはならない。それは旧軍人の恥を隠し、個人的プライドを傷つけないように配慮された歴史である。さらに戦後ニ五年、現代日本の軍国主義への傾斜によって、味つけされている。歴史は単に過去の事実の記述に止まらず、常に現在の反映なのである。」(九 海戦上巻257頁)

「日本軍の訓練は厳しく、階級の差別者はひどい。兵隊は奴隷みたいなもんだ。一度義務から解放されると、彼等が極端から極端に移るのは当然なのだ。われわれの、軍隊とは違うんだ」

「おれたちの方もあまり違いはないと思うがな」と一等兵は答えた。「きみは大学を出たおかげで将校だが、おれは百姓だからただの一等兵だ。きみたちはみんなスマートで、威張らない。しかしおれたちだって、一度きみたちにも鉄砲を持たせて、日本兵の方へ押し出してやりたくなる」(十一 カリガラまで上巻343頁)

気になった一節をメモしてみたら、「第九章海戦」ばかりになった。レイテ沖海戦は、戦艦武蔵と大和が出撃。栗田長官の死への怖れを冷徹に分析している。

レイテ戦記(中)

『偶然送稿の機会にめぐまれたのは朝日の影山記者だけだった。彼は原稿のコピーを三通作り、一通をいつも身につけていたので、11月下旬バレンシア飛行場に陸軍のはやぶさ一気が不時着した時、すぐそれを托することが出来たのだった。』(二十四 壊滅 中巻446頁)

『報道班員はどこの戦線でも、兵隊からは大事にされる。兵士の知らない戦況を知っていることがあるので、情報を求められたりする。しかしオルモック周辺では少し状況が違っていたのである。』(二十四 壊滅 中巻449頁)

『十一月下旬から、夕方になると、オルモック、イビル間の海岸に、無数の丸腰の兵隊が砂に腰を下して、夕焼けの海を眺める姿が観察された。<中略>こういう遊兵を統制する力を、三十五軍は持っていなかった。』(二十四 壊滅 中巻449頁)

『一、リモン峠が突破されれば、オルモックへの直接脅威であるのは、軍はもとより承知している。そこが「破断界」(これは物理学の用語で、剛体が圧力に耐久する限界に来た時、突然こわれる限界を指す。砲兵科出身の土居参謀の考案した比喩)になられてはたまったものではない』(十八 死の谷 中巻192頁)

『記憶が薄れているのは、必ずしも二〇年以上前のことのせいばかりではない。脊梁山脈の雨の中を木のすすまぬ作戦に従わされている兵士は、すぐ時空の観念を失くしてしまう。<中略>攻撃予定は十二月八日の大詔奉戴日であったと漠然と考えている。』(二十一 ブラウエンの戦い 中巻313頁)

カッシアの物語

死ぬまで不安ない人生とリスキーだけど自由な人生。永遠のテーマだ。

カッシアの住む社会は、国家が国民の結婚、食事、仕事、教育、娯楽、死までを管理する。健康になんの心配もいらない。つまり、人生になんの不安もない。

安定志向と冒険志向。

ただ、こうした物語は、安定を実現した国家のチョットしたミスで真実?というかリスクを知り、本当?を突き詰める主人公。というプロットが多い気がする。

そして、安定・安心と冒険が本当に対立概念なのか?という疑問もわく。

福岡先生の動的平衡ではないが、動き続けるほうが実は安定であると感じる人もいるだろう。この辺はIT業界の働き方を語るときもよく言われる。動かないリスク。好奇心をもつことはいいことか?などなど。

ともかく永遠のテーマ。

それと、この本のもうひとつのアイデアは、テクノロジーが進むと管理国家になるというもの。これも根強い。

いつも思い出すのは、ジム・キャリーの映画「トゥルーマンショー」。ある人の人生が全て巨大なセットであり、24時間撮影され、大人気番組になっている。トゥルーマンショーも、最後主人公、この作られた世界に気づく。

ラストは管理から抜け出すというストーリーが多いのは、我々は管理や安定を好まないことの示唆なんだろうか。