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球童 伊良部秀輝伝


偶然BSで放送されていた伊良部秀輝ドキュメンタリーを見て、本まで買ってしまった。

伊良部といえば、自分が米国にいたときにちょうどヤンキースにいて、よくそのニュースを追っていた。なにかの野球雑誌(といより縦長の新聞的なもの)の表紙に、デビッド・コーンなどと4本柱として写ってて、格好いいって思った。

毎日夜11時からテレビでやってるLettermanのThe Tonight Showで、ヤンキースのスタインレナー・オーナーが伊良部のことを「Toad(ヒキガエル)」と言ったことも紹介してた。結構話題になってるなと思ってた。

初登板のときもテレビ見てた。降板してベンチ戻ったあと、またグランドに出てきて帽子を取って観客に挨拶したの覚えてる。

自分がいた20世紀末の大リーグは、留学先の地元ブレーブスが超強かった。グラビン(47)、マダックス(31)、スモルツ(29)がいて、チッパー・ジョーンズ(10)がいた。チッパーは、野茂と新人王を争い、結果取れなかったんだよね。あと、ガララーガとか。あまり打つチームじゃなかったけど、いつも勝ってた。

あとは、マクガイアとソーサのホームラン競争。年間60本とか70本とか、ちょっと考えられない。アトランタの前に2ヶ月ほど過ごしたデンバーにマクガイアが来るというので、見に行ったことがある。1998年か。レフトスタンドで見てんだけど、一打席だけその目の前までボールが飛んできた。そのときはホームランはなかった。でも、ロッキーズの誰か(左バッター)がサイクルヒットを記録したんだよ。

そのデンバーは、ロッキーズの前は大リーグチームがなくて、デンバー・ゼファーズ(Zepher:そよ風)っていう3Aか2Aかの本拠だった。1988年の夏に見に行った。ホームステイ先の家族が連れてってくれたのだ。ゼファーズは「シカゴカブスの下部組織なのよ」って言ってた気がする。スタンドにはそれほど観客はおらず、7回の守備交代時に、大型スクリーンに映る競馬的な遊びがいちばん盛り上がってた。アニメの馬が3頭走るのだが、ゴール付近になると、みんな思い思いに指を1本とか2本立てて、どれが1等になるか叫ぶという遊び。

1998年の夏にヒューストンにいたとき、やはりステイ先の家族にアストロズの試合を見に行った。いまは無くなってしまった世界初の屋根付き球場アストロドーム。なんだか古びた空洞のビルのなかで試合をしてる感じだった。セカンドがビジオ(7)、ファーストがバグウェル(5)。ステイ先の高校生が野球オタクで、「ミスター・バグウェルは打順3番が好きなんだ」って言ってたのを覚えてる。彼は、野球カードやサイン入りバットとかボールとかなんでもコレクションしてた。バグウェルはすごいガニ股で打席に立つ。すげぇ個性的って思った。あと、なんとか・アルーっていう選手がいて、彼が打席にたつと、「サリュー」ってみんなで言う。それと、ハウエルって選手が出ていて、たしかヤクルトと巨人にいたハウエルじゃないかって思った。とにかくグランドと観客席が同じ高さで、選手が身近に感じた球場だった。ステイ先のオバサンも選手を子供みたいに思ってる雰囲気がいい。

ついでのついでに。2011年だったか。シカゴのリグリー・フィールドにカブスとブリュワースを見にいった。そしたら、福留選手が三塁打とホームラン打ったんだね。格好よかった。ピッチャーは、いまドジャースにいるグリンキー。たしか5月か6月の木曜だったと思うけど、昼間に試合やるんだね。それでも観客はいっぱいだった。バックネット裏で100ドルくらいした。隣の兄さんもはしゃいでいて、「奴は日本で有名なの」と話かけてきたから、「日本でいちばんのバッターだ」と答えたら、「だから、大リーグに来てるだろ」としたり顔で返事されて、この上から目線野郎と思った。アメリカの球場はビール売る女の子なんていなくて、むしろオジサンがピーナッツを遠くのお客まで投げるのが名物?なんか微笑ましい。

サンディエゴのクアルコムスタジアムも行ったことある。パドレスとドジャース。投げてたのが、マダックスで感動した。もう太ってたけど。あと、マニー・ラミレスがいたかな。打席に立つと、ブーイングしろっていう看板持ったオジサンが練り歩く。ラミレスは、ドジャースタジアムでも見たよ。試合前でもずっと笑ってる。ドジャースタジアムは球場前にどデカく黒田の看板が飾ってあった。

伊良部といえば、ニュースステーションかなにかだと思うけど、手帳に打者ごとの得意と不得意ゾーンを塗りつぶした手帳を披露してたことがあった。キャスターに「全打者ですか?」と言われて「誰でもやってることだと想いますけど」って返事してた。ストライクゾーンを塗りつぶすのは、黒田も同じようなもの(こちらは穴付きファイル)をテレビで披露してた。あと、大学の研究室に頼んで、投球フォームを撮影し、手を最後まで隠す動きを研究してたのもテレビでやってた。この辺は、158Km最速を出したあたりのことだったかも。

伊良部が無縁仏になってるのがいちばんショックだ。本には妻とは離婚したとあるけど、どうなんだろうか?それで無縁仏はそれと関係あるんだろうか。伊良部と佐伯貴弘が先輩後輩だったのは知らんかった。佐伯はどう思ってるんだろうか。(1995年オールスターは、伊良部が先発で、セの8番は左翼佐伯だ。)

Quote「ボールはコントロールできるけど、メディアはコントロールできない」BSのドキュメンタリーでも笑顔でこく話してる姿が映ってた。

この本読んで、著者のファンになってしまった。年に2ヶ月は海外にいるらしい。自分で見てきたことが書いてあるのが、いちばん読んでいて楽しい。同じ著者のキングカズと長州力本も読んでみよう。著者の興味の方向性が好き。

著)田崎健太

 

 

 

読む野球 No.4 昭和パ・リーグを読む

福本を、刺せ!

世界一の二番打者 大熊忠義

「翌年のキャンプで大熊が集中的に取り組んだのが、「右目で一塁走者の福本を見て、左目でピッチャーを見る」練習だった。右目に映る福本のスタートが悪いときには、左目でとらえたボールをファールにする。」(p.29)

全編インタビュー。何度も読み返せる雑誌って貴重だ。素晴らしい本。

No.3は野村克也特集だった。この「読む野球」シリーズは大好き。

主婦の友社

 

 

週刊ベースボール 5月19日号

今日5月7日発売の週刊ベースボールは内容が充実してる。

というか、最近コラムがメチャクチャ面白い。

まず、武田一浩さんの投手心理学。岸投手を取り上げてるのだが、先日5月2日ロッテ戦のノーヒットノーランを先取りしたような内容だった。

NHKでの武田一浩さんの解説はいつも有り難く聞かせてもらってる。

それと、有藤道世さんのインタビュー。これも面白かった!Twelviの有藤さんの先の展開を読んだ解説も、いつも楽しい。このインタビューも人柄が出ていて面白かった。

大リーグのエピソード記事も最近充実してる。今週は、カーブとストレートで287勝と選手のジョーク。

ほかに、印象に残った記事。ある日の門田選手のバッティング練習。全てがホームランという噺。

ノムさんも同じ話をしていた。また、王貞治さんが、最近は野球選手はアスリートになった。昔はホームランを打つ技術を持った職人だった。という話も聞いたので記録しとこう。

 

 

君は山口高志を見たか – 伝説の豪速球

自分は昭和49年(1974年)から野球を見ている。当時よく行ったのは後楽園球場。長嶋選手最後の年。中日対ロッテの日本シリーズも行った。

そして、都市対抗で新日鉄堺で投げている山口高志も見た。一塁側内野席から見た山口高志のピッチングフォームを覚えている。なんか凄いピッチャーがいるという話をオトナがしていたからか。

けれど、その彼がプロ入りしてからは、全く記憶がない。在阪球団のテレビ中継がいま以上に無かったからだろう。

それでも、山口高志という名だけはなぜか語呂がよくて頭に残っていた。それが、知らない間に引退し、暫くして阪神のコーチになっていた。

テレビで投げてる姿を全く覚えてないから、日本シリーズ阪急対広島の試合も興味が無かったのだろう。日本シリーズという仕組も理解してなかったかもしれない。

赤ヘル旋風は知っていたけれど。

東京の小学生野球ファンにとって昭和50年(1975年)は悪夢の年だった。長嶋巨人が最下位になったからだ。高田がサードになり、背番号15の横山や21高橋一三がまだ投げていた。

ただ、自分のヒーローは広島の背番号27、金城だった。手を高く上げて下手で投げる。カッコいい。後楽園球場でよくみた。しかも、よく理解できなかったのだが、1年前に事故にあって視力が云々と言っていた。そこから回復してスゲーなぁなんて思っていた。

山口高志の背番号14は結構好き。自分の一年先輩が二年のときつけていた。その人も運動神経の塊で、体は小さいのにすごい速球だった。広島の14は外木場だったね。そのあとが津田。

この「君は山口高志を見たか」というフレーズが好き。自分の心情を言葉にした感じ。思わず買ってしまって面白かった。

江夏豊の超野球学

江夏投手の野球論。

キャンプでは、毎年3,000球を投げ込む。そのうち、2,500球は、ひたすらアウトローに直球を投げ込むそうだ。

キャンプ中、審判が練習のためにブルペンに来る。江夏投手は、アウトローのコントロールが決まる頃になるまで、決して審判を立たせなかったそうだ。

カラダが出来上がり、アウトローに決まる頃に、審判を立たす。正確にアウトローに決まるので、審判が「江夏のアウトローはストライク」だという意識になる。

すると、そのシーズン、江夏はコントロールがいいというイメージが残り、アウトローの球がストライクになりやすい。

そんな計算までしてたらしい。(2015年MLBからホークスに移籍した松坂が、キャンプ2日目にもう審判を立たせていた。)

これは、落合博満氏も、自分は外角に強いと思われていたが、実は真ん中をセンター方面に狙っていたに過ぎない。しかし、自分がライト方面にホームランやヒットを打つと、スコアラーは、たとえそのボールが真ん中であっても、外角寄りと記録してしまう。

その結果、落合は外角に強いというデータばかりが相手ピッチャーに伝わる。自分はその逆をつけばいいのだ。

というようなことを書いていた。

田淵幸一さん

「あまりの球威にミットが弾かれてしまう。すると江夏は、生意気にも「ミットを動かすな。ストライクでも審判がボールと判断するだろう」と言う。「俺の方が年上なのに」と腸が煮えくり返っていましたが、(中略)そこで、その夜から鉄アレイでせっせと左腕を鍛えた」

文芸春秋 2014年4月号 同世代六人「団塊にも言わせてほしい」

同期が百二十人いた法政一高野球部  pp.318-320

負けに不思議の負けなし(上)(下)- 野村克也

いまから30年前に書かれた本。

週刊朝日の連載。連載をまとめた本は、書かれた時代を反映された瑞々しさがとてもいい。

上巻でいちばん印象に残ったのが、平松政次投手を紹介してる「力の衰えた分だけ賢くなれ」( 1983年7月8日)という回。

『おそらく、この非凡な投手にはジャイアンツ戦以外に自分を燃焼させる場所がなかったのだろう。チームは弱く、優勝という目標はかかげにくい。となると、全力で立ち向かうテーマは一つしかないではないか』

平松投手は、通算勝利数の4分の1が巨人戦。対巨人勝利数で歴代2位。しかも、対巨人で勝ち越している投手は、星野仙一投手と平松さんしかいないらしい。

文芸春秋に、田淵幸一さんが、平松投手との対戦について語っている。

「平松政次には一年目の開幕戦、第一打席で、三球三振に打ち取られた。しかもあまりのスピードに一度も振ることはできなかったのです。(中略)すぐ構えを小さくした。すると、次の試合で、早速、二ホーマーです。」

 

もうひとつが、落合博満選手の「個人企業主の徹底した生き方」(1983年9月16日)。

『自分の安打がチームの最終目標に結びつかないと、どうしてもどこか、力が抜ける。いくら個人主義的な言葉を弄して自分の心を鼓舞してみても、心底から燃えてくるものがない。(中略)ふとしたはずみに自分が惨めになったりもする。肝っ玉落合だって本当はそうに違いない。』

選手だった頃の落合氏に、

「チームの成績がバッティングに影響しないか」と聞くと

「気にしてもしょうがないでしょ。私ら、打ってなんぼの個人企業ですからね」という答えが返ってきたという。

ほかにも、

「参謀」を書いた森繁和投手についても結構触れられている。「専門職が求められている」(2013年)から。

『西武の森繁和も江夏に似たところがある。去年、途中からストッパーとして使われるようになったが、内心は面白くなかったらしい。』

この上下巻は、監督時代以降に書いた本よりも、面白い。というか、野球本のなかでも、ピカ一の面白さ。

 

 

 

大谷翔平 先入観は可能を不可能にする

文芸春秋 2013年10月号 p.134 –

著:石田雄太(スポーツライター)

– 二刀流って言わないんだ

「僕は使わないですね。(中略)僕の中ではただ野球を頑張ってるという意識でやってますから(後略)」

日本ハムが2005年に取り入れたBOS(Baseball Operation System)の構築。

リトルリーグの最終年、大谷が中学一年の時の水沢リトルは県内で無敗。東北大会の決勝戦。18アウトのうち17個を三振で奪った。

「ピッチャーとバッター、どっちもやるというのはさすがに自分では考えてもみませんでした。だから最初、日本ハムから両方できるってきいた時は、疑うわけじゃないですけど(笑)、(後略)」

「最初からできないと決めつけるのはやめようと思いました。今は回りから何を言われても、何も感じないですね。どっちかに絞るという感覚も、あんまりないかな」

花巻東に入る時も『雄星君たちの代で全国優勝していたら違う高校に入っていた』と言っていましたし、(中略)誰もやったことのないことをやりたいんでしょう

 

 

落合博満の超野球学①②

落合氏が中日の監督に就任する前の著書。後の「采配」のようなマネジメント論ではなく、打撃技術論。

この本で印象に残ってるのは、横浜の多村仁選手に打撃指導したときの話。

多村選手はかつての横浜のローズ選手にそっくりのフォームだったが、2時間も素振りをしてると、ローズ選手のフォームが跡形も無くなってしまった。

2時間 も同じフォームで振り続けるには、自分にとって楽なフォームで無ければならない。

という話。

江夏投手は、アウトローのコントロールをカラダに滲み込ませるために、キャンプで投げる3,000球のうち、2,500球をひたすらアウトローに投げることに費やしたらしい。(江夏豊の超野球学)

それと似てる。

他にも

振り出し時にヒッチしてもよい。

打席に立って投手側の腕は弓の弦。小さい打者でも本塁打が多い選手がその腕を深く張っている。

逆側の手は、振り出し時脇を締める。相撲の押しのときの格好。

軸足の重心。粘り。

投手の手から離れる瞬間とトップの位置に入れる瞬間を一致させる。

などなど。

とても参考になる。

絶版。アマゾンの中古本は2,980円。定価は2,000円だった。

プロ野球参謀から見た「名将の資格」

吉井理人さんと権藤博さんの対談が載ってた。面白かったのでメモ。

権藤さんの言葉

内野手出身の監督は動きたがる。ある局面、ある瞬間に監督の「采配」で対応しようとする。一番いいのは投手出身の監督。

吉井さん

采配と起用は似て非なるもの

ノムさんについて。初回に四点取られても、先発を交代させなかった。そしたら、結局5対4で勝利。完投勝ち投手になった。

打たれてるのに投手を代えない監督は怖い。

メッツのボブ・アボダカコーチに言われた言葉。おまえのことを一番知ってるのはおまえ自身だから、おまえのことをコーチに教えてくれ。日本と逆。

権藤さんは、監督になったときにしてはイケナイことをメモってたそうな。それを少し紹介してる。

  1. 選手やコーチを監督室に呼びつけない(選手との間に垣根が必要)
  2. 二軍への降格通告は自ら行う。
  3. 選手に結果を求めすぎない。
  4. 全ての責任は監督が取る。
  5. 目先の勝利にこだわらず、我慢強く選手を使う。

文芸春秋2013年9月臨時増刊号収録。

吉井さんの近鉄時代、コーチは権藤さん。こんな話をされてる。

投手コーチの権藤さんに『責任はコーチが取ってやるからお前はバッターと勝負しろ』って言われてね。登板の度に『命取られるわけじゃないから思い切っていけ!』と言われるもんだから気持ちよく投げられるようになった。

(昭和40年男 p.57)

ちなみに、仰木監督はビールの一気飲みで2軍に落とす若手を決めたことがあるそうな。吉井さんも飲まされ、そのときは品田操士投手が2軍へ

(昭和40年男 p58)

 

 

昭和40年男 俺たち野球で大きくなった

「昭和40年男」という雑紙を見つけた。昭和40年に生まれた人向けの雑紙。子供の頃流行ってたモノを紹介する。

今月は野球特集。昭和40年生まれの野球人のインタビュー。

山本昌、吉井、箕島対星陵戦のときの箕島上野山主将。

それと、池田高校水野雄仁と中京高校の野中投手インタビュー。これが一番面白かった!

池田高校の水野は、最初甲子園出たとき、センターだったの覚えてる。そのときは、エースで四番が畠山。なんか顔が黒光していて、精悍な野生の馬みたいと思った。畠山のピッチングフォームがなんか腕が低い位置というか、変な投げ方だなーって思ったのも覚えとる。あと、レフトにホームランも打った。

水野が次の年エースで出てきたけど、なんか腕の短い人だなーと感じた。インタビュー読むと、球の勢いは俺が一番と思ってたと出てる。やっぱりスゴかったんだろうか。

ノムさんの「負けに不思議の負けなし」という本の「カーブが甲子園を制す」に、この池田高校 vs. 中京高校の分析が出てる。

『池田はカーブが打てなかった。池田打線のカーブに対する処し方を見ると、大半は見逃しである。対中京戦では二十三球のカーブを十五回、見逃した。(中略)ヒットになったのは一度である。』

水野投手の分析もある

『昔、オール徳島のピッチャーだった蔦さんは取っては投げ、ちぎっては投げ、というタイプだったという。(中略)そう思って水野君を見ると、まるで親子のような気がしてくる。(中略)次から次へと、まるでピッチングマシンさながらにボールを繰り出す。私にはその様子が、「早く打ちたい。早くチェンジになれ」といっているように思えておかしかった。攻めに相当自身がないと、こうはいかない。』

 

関連商品として、野球盤、プロ野球スナック、プロ野球選手のレコード。

プロ野球カードの裏面の説明文が、選手に対し上から目線で載ってるのだが、選手に対し上から目線で面白い。

高木守道選手が、グランドで無表情なので、球団からの要請で、ホームラン打ったら笑顔になるという条件で年棒100万あげてもらったとか。そんな話が載ってる。

それと、参謀の森繁和さんがドラフト1位で指名された写真が載ってた。高代さんも同期なんだ。