人工知能とメディア

デバイス・ガジェット

機械が記事を書き、機械が最適な記事を配信し、機械がそれを読み上げる。その感想がフィードバックされ、次に配信される記事の内容、記事の長さ、使われる単語、考慮される。メディアビジネスが広告収益に頼っている以上、ジャーナリズムにも、こうした消費行動データを使ったマーケティングが持ち込まれるのも仕方ないのかもしれない。

同じような情報に囲まれ、心地いい世界。そんな世界を前提にしたとき、知る「べき」と思うニュースを取材、配信するメディアの価値は薄れてしまうのだろうか。いや、行政も企業のデータも公開され、その意思決定の透明性が増したら、腐敗を追求するジャーナリズムの役割は縮小するのではないか。人工知能がメディアやジャーナリズムに入り込むと、どんなことが起きるのか、考えてみたい。

人工知能でメディアを運営すれば

ニュース制作は、労働集約型である。記者と編集者、デスクと言われる現場責任者、それにカメラマンもいる。なかでも、いちばんリソースが割かれているのが、記者である。たとえば、日本新聞協会によると、2017年加盟97社の従業員数約42,000名のうち、半分の19,000名が記者である。ただ、米国では、新聞社、出版社などメディア業界の雇用者数が約380,000名なので、ジャーナリストは約10%しかいない。

ある調査によると、米国メディアの40%は、なんらかの記事生成自動化ツールを利用しているという。たとえば、AP通信は3年前にWordsmithというソフトウェアを導入、企業の決算報告の記事生成に利用している。1秒間に2,000以上の記事を生成、3,000社以上の決算報告の記事を配信できる。たくさんの記者を抱えていても、これだけの記事を短時間に生成するのは無理である。

中国の通信社である新華社も、2018年1月にニュース制作に人工知能をより取り入れていくことを発表した。事件現場の画像や映像には最初からタグが振られ、文章が自動生成される。国の予算からスポーツの結果まで、機械がそのまま生成する。こうした機械ライティングは、メディアの運営コストを削減し、記事を大量に生み出していくだろう。

アルゴリズムなジャーナリズム

では、大量に生み出された記事はどう流通されるのか。2016年に、FacebookがメッセンジャーにBot機能を追加してから、New York TimesもWashington Postといった米国の新聞社は、このサービスこそが最先端だとばかり力を入れている。ユーザー嗜好に合ったニュースがメッセンジャー届けている。

Facebookメッセンジャーの月間アクティブユーザーは12億人。スマホの普及で、コンテンツやニュースより、友人同士のコミュニケーションの方が消費時間が多い。メディアはこうしたコミュニケーションツールに埋め込まれていく。ただ、読者からみれば、配信される記事が最適化され、話しかけると、人工知能が自動応答してくれるチャットボットサービスは、メディアにもインタラクティブ性をもたらすだろう。

スタートアップ企業は、もっと革新的である。中国のToutiau(今日頭条)は、数十名のエンジニアで運営されているニュースアグリゲータである。Toutiauにはジャーナリストも編集者もいない。自社開発のアルゴリズムで、ウェブ上のニュースを集め配信する。Toutiauはすでに30億ドル以上の投資を受け、そのバリュエーションは100億ドル以上と言われている。

こうして、メディア企業側が効率的な運用を目的に、人工知能が導入されていく。機械が作り、配信されるニュース。それでも、まだリアルな出来事が伝えられている間はいい。そのうちに、人工知能が勝手にニュースを作り、配信する可能性もある。

透明性を増した社会でメディアの役割は?

これまではニュースと人々のつなぎ役としてメディアが位置付けられてきた。記事の自動生成や人工知能によるアグリゲーションは、その効率化である。だが、行政や企業に情報公開の透明性が求められる社会になれば、国民はそういった情報へ簡単にアクセスできる。Code for Americaといったシビックデータと呼ばれる行政データのオープン化などは、ニュースの受け手である我々の意識も変えるだろう。政治、行政の記録が、ブロックチェーン技術などで透明性を増せば、腐敗を追求するといったニュースの役割は縮小してしまうのではないか。

ロビン・ダンバーの「人類進化の謎を解き明かすは」に、人類と類人猿との違いは、コミュニティ形成において、親しみの濃淡による友人の「層」の数が違うとある。抽象思考を処理できる人類は、親しい友人の周りに、顔見知り、知人といった複数の層を形成しながら社会生活を行なっているらしい。インターネット以前、その最大のコミュニティは「国家」だったろう。そして、国家という想像の共同体を生み出すのに大きな役割を担ったのがメディアだった。

これから、人工知能が個人に心地いいニュースだけを配信することになれば、自分が知人、知り合いと感じる層も小さくなっていくだろう。そして、同じエリアでも、小さなコミュニティがたくさん存在することになる。メディアの情報発信は、コミュニティ同士の連携に役立ってきた。しかし、それも権力と市民など役割分担が明確でなければ機能しない。人工知能による情報公開が進み、シェアリングエコノミーが主流になる時代。テクノロジーを使えば、言語も価値観も心地良く自動翻訳してくれるだろう。そんな環境では、メディア(的なもの)の役割は終わっているかもしれない。

初出:2018年3月  Insight for D, Yahoo!

(参考)
  1. 新聞協会(記者数):http://www.pressnet.or.jp/data/employment/employment03.php
  2. 米国労働局(ジャーナリスト数):https://www.bls.gov/oes/current/oes273022.htm
  3. メディア雇用数:https://www.bls.gov/oes/current/naics4_511100.htm
  4. ニュースオーガニゼーションのAI利用率(Newsrooms Embrace Artificial Intelligence):http://www.digitalnewsreport.org/publications/2018/journalism-media-technology-trends-predictions-2018#newsrooms-embrace-artificial-intelligence
  5. The Verge:https://www.theverge.com/2015/1/29/7939067/ap-journalism-automation-robots-financial-reporting
  6. 新華社:http://www.xinhuanet.com/english/2018-01/09/c_129786724.htm
  7. Nieman Lab:http://www.niemanlab.org/2018/01/chinas-news-agency-is-reinventing-itself-with-ai/
メディアシリーズ
  1. 第1回「ブロックチェーンとメディア」
  2. 第2回「音声アシスタントとメディア」
タイトルとURLをコピーしました