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VR・ARがもたらす映像革命 – 娯楽から産業用まで広がる市場(2016年)

VR、ARとはなにか?

1980年代にVR(Virtual Reality)という言葉を広めたのは、米国科学者ジャロン・ラニアーとされる。彼の著書「人間はガジェットではない」には、人間をバーチャル上でエビにする装置を開発していた話が出てくる。彼らの関心は、その英語の逐語訳である「実質的」なものであったようだ。人間が実質的なエビになったら、どんな生体反応を示すか?といった研究である。ラニアは、VR技術を非言語コミュニケーションに広げたかったらしく、「お腹の辺りを透明(バーチャル上では可能である)」にして空腹感を伝えるようなことを考えていた。

その後、1994年に公開されたマイケル・ダグラスとデミ・ムーア主演の映画「ディスクロージャー」では、VRはよりビジネス向けの技術として描かれている。VR用のメガネと手袋をつけると、空間に書庫が浮かび上がり書類を取り出せる。現在のクラウドサービスと同じコンセプトであるが、パソコンのインタフェースと違って、この当時は自分の手や指で操作することを目指していたようだ。

このような現実をリアルに再現するVRの方向性を最も端的に活用しているのは、メーカーのシミュレーターであろう。潜水艦や電車の運転席や駅など人通りが多い中での建築工事などを映像で再現する。メーカーが自社開発し、自社の生産管理の中で使われてきたこのようなVR技術は、その日本語訳の「仮想現実」に近い。川崎重工やキャノンなどのメーカーのサイトに行けば、気軽にそのサービスが見られる。

また、似たようなサービスでAR(Augmented Reality)と呼ばれるものがある。ARは、特定のメガネやスクリーンを通さないと見えないデータのことである。屋外看板をメガネをかけてみると、特別な映像が浮かび上がったり、サッカーを見ると、選手の上にデータがポップアップされたり。あるいは、空間にメールや書類ファイルが浮かべば、パソコンのモニターも要らなくなる。ARは「拡張現実」と呼ばれる。

こうした現実とネットを融合するようなサービスが、今年に入って、米国で盛り上がっている。

強気になるVR市場の将来予測

「没入性(Immersive)がYouTubeの成長戦略のキーワードだ」

2016年1月にラスベガスで開催された家電見本市CESにYouTubeの幹部が登壇し、映像の未来について語っていた。その中で、彼が強調していたのが、VRへの対応。YouTubeは2015年12月からVRの一種である360度映像に対応し、アカデミー賞受賞暦もある制作プロダクション「Aardman Animations」の作品を公開したことを発表した。

「Facebook上では1日100万回VRコンテンツ(360度映像)が再生されている」

続いて2月にバルセロナで開催されたモバイル系の見本市MWCで、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOが熱く語っていたのも、VRについてだった。さらに、4月に行われた開発者向けカンファレンス「F8」で、同社の戦略領域の一つにVRを挙げている。

調査会社の市場予測も強気になっている。米ゴールドマンサックスが2016年2月に発表した資料によれば、世界のVR/AR市場は、2025年は800億米ドル(8.4兆円、1ドル=105円換算、以下同じ)に達する。そのうち、視聴機器が450億米ドル(4.7兆円)、アプリなどのソフトウェアが350億米ドル(3.7兆円)を占める。ソフトウェアは、ゲームやスポーツや音楽のライブ中継、映画などの映像作品、小売店や不動産など販売シーンでの利用、教育関連、それに手術前のシミュレーション、生産技術、軍事利用などが考えられている。中でも、ゲームやライブ中継、映像作品などのエンターテイメント領域がソフトウェア市場のシェア50%以上を占めると予測している。

もっと強気な予測もある。米調査会社DigiCapitalは、VR/ARの世界市場は2020年に1200億米ドル(12.6兆円)に達するという資料を2016年1月に発表した。内訳はAR市場が900億米ドル(9.5兆円)VR市場が300億米ドル(3.2兆円)である。同社が想定するARの利用シーンは、eコマースやテーマパーク、それに空間上でファイル管理などを行うビジネス効率化ツールも含まれている。また、VR市場では、ゲームや視聴機器などが含まれる。

ちなみに、今から3年前の2013年に米Markets and Markets社が発表したAR/VRの世界市場規模予測は、2018年に10億米ドル(1050億円)。この数値と比べるとゴールドマンサックスやDigiCapitalの市場予測がいかに強気か、その変化がわかるだろう。

わずか3年の間に何があったのか。一番大きな変化は、技術革新によりVRに必要な高精細の映像を再現できるスクリーンが安価になったため、VRを楽しむコストが低下、B2C市場もその成長に織り込めるようになったことが挙げられる。

そこで、大手メディアやIT企業などが巨額の投資を始めた。Facebookはいち早く2012年にVR視聴機器を開発・販売するOculus社を2000億円で買収している。また、GoogleもAR技術を持つMagic Leap社に580億円の投資をしている。VRコンテンツの制作会社Jaunt社は、ディズニーや英国衛星放送のSky社などから100億円以上の投資を受けている。こうした巨額投資が市場を活性化させている。

VR先進国アメリカの最新事例

投資の集まるVRの先進国アメリカでは、すでに様々な事例がある。VRコンテンツを見せるといったサービスだけでなく、物理的なモノにVR体験を付与する面白い取り組みも盛んになっている。

たとえば、米国の遊園地「SIx Flags」は、ジェットコースターの乗客にVRメガネを配布している。VRメガネには、近未来のビル群を高速で飛び回る映像が映し出される。ジェットコースターの前後左右に揺れや、スピード感とシンクロする映像に、乗客は、まるで自分が小型機のパイロットとなり、敵と戦っている感覚を味わえる。

米国ユタ州にある「VOID」は、VR戦闘ゲームのテーマパークである。客はVRメガネを装着、次々と現れる敵を倒していく。VRでは、自分がその場で足踏みすると、映像上では前進する機能がある。それを利用すれば、広大な敷地が無くても、多様なコンテンツが展開できる。米国の人気ホラー映画「Abnormal Activity」のVR版が人気なように、お化け屋敷や戦闘モノが相性がいいようだ。

ほかに、ボストンのベンチャー企業「Vizoom」社は、VRと結びつけてた室内バイクを開発している。VR映像には、馬に乗った競争とか、自動車競争が映し出され、自分で速くバイク漕ぐと、馬や自動車が速く進む仕掛けになっている。VRゲームをしながら、体力増進にも役立つというわけだ。なお、こうしたリアルな仕組みとVRの組み合わせは、日本でもハウステンボスや東京お台場のメディアポリスでも展開されている。

360度映像も、大きな可能性を秘めている。前述したVR映像の制作プロダクション「Jaunt」社は自らが制作する360度映像を「Cinematic VR」と呼び、より映画の品質に近いVR映像制作をしている。同社に出資するポール・マッカトニー氏のライブのステージからの360度映像は迫力満点である。今年2月MWCのセッションに登場した同社のJaunt氏は「今後も高品質なVR動画に注力する」と語っていた。

ほかに、FOXやコムキャスト、さらに今年7月にソフトバンクも出資した「NextVR」社は、VRのライブ中継に強みを持った企業だ。今年6月にFOXが放送した全米プロゴルフでも、同社の技術を使い、360度映像の生配信を4ホールで行った。360度映像は、レンズを複数使い撮影し、その素材をつなぎ合わせる必要があるため、ライブ配信は難しい。NextVR社はその技術を持っているため、インターネット経由で全米プロゴルフのライブ配信を行ったのだ。

また、報道やジャーナリズムもVRとは無縁ではない。ニューヨーク・タイムズ紙は、グーグルのVR視聴メガネ「Cardboard」を同紙の読者100万人に無料配布し、制作プロダクション「Within」社の360度映像で撮影したシリア難民のドキュメンタリーを公開した。360度映像は、視聴者が現場にいるような感覚を伝えられる。

VRの今後

VR市場はコモディティ化のスピードが速い。しかも、デジタル技術であるVRの市場構造は、ハードウェアメーカーが先行者利益を得る時間すらなく、製品の低価格化が進む。そこで、ハードウェアメーカーは各社とも自前のプラットフォームを作り、サブスクリプションモデルのビジネスに活路を見出そうとする。しかし、そこにもすでにGoogleなどの巨大な競合相手がいる。おそらく、今後VR市場の覇権は、このコンテンツのプラットフォームを制した者が握るだろう。

ほかに、ジェットコースターなどの事例にある通り、VRは今ある物理的なサービスの付加価値を増すという材料にも使われる。VRジェットコースターであれば、一人一人見える風景が違っていい。それは、同じ人が何度乗っても、違う風景を見られて楽しめるということでもある。

生産技術では、VRでシミュレートするシーンにおいて、実際と同じような疲労感や使用感を肉体にも感じられるような技術が考えられている。つまり、空間をバーチャルにするだけではなく、時間感覚もバーチャルに出来ないかという視点である。

また、VRはスクリーンのどの場所を見ているか視線のデータを収集できる。このデータを利用をすれば、例えば、観光地のVRアプリを無料で配布し、在外の人たちがどのような場所やモノに興味を惹かれたかというデータが、実際に観光に来てくれなくても集められる。そのデータをもとに、観光地を整備したり、プロモーションに利用すれば、比較的安価な企画開発ができるだろう。

このように、VRはエンターテイメントだけでなくデータも含めて、時空を超えて発展する可能性を秘めている技術であり、オープンなB2C市場の確立とともに大きな成長が期待される。

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また、VR映像は、放送では流せない。それもIT企業が大きな魅力を感じている点だ。YouTubeもFacebookも、既存の大手メディアの新たな流通として存在感を増してきたが、流すコンテンツは同じだった。ところが、VRはインターネットコンテンツがオリジナルになる。映画からテレビへと受け継がれてきた映像市場とは別な方向性が作れるのか?それが、VRが映像市場へ投げかける問いかけであろう。

VRの市場構造

 VR市場は、制作、流通プラットフォーム、視聴機器(デバイス)の3つのレイヤで構成される。それぞれ見ていこう。

デバイスレイヤの主要プレイヤーは3社。Facebookが買収したOculus、台湾のスマートフォンメーカーであるHTC、そしてソニーである。Oculus社は2016年3月にその製品第1号である「Oculus Rift」を販売開始した。また、HTCも「HTC Vive」を2016年4月に出荷開始している。「Oculus Rift」は米国で599ドル、日本では9万4600円、「HTC Vive」は米国799ドル、日本では11万1999円。ソニーの「Sony Playstation VR」は2016年10月に発売開始予定で、その価格は4万9800円。他2社と比べ安価であるが、問題はすでに格安な製品が出回っていることだろう。

Googleはスマートフォンに装着する段ボール製の「Cardboard」を20ドル程度で販売しているし、フランスの「Homido」社は、折りたたみメガネ型の機器を15ドルで販売している。韓国サムスンもOculusと提携したスマホ装着型の「Samsung Gear VR」を15,000円程度で販売していた。しかし、彼らは、2016年春に同社製のスマートフォン「Gear 6」購入者に無料でバンドル配布した。価格競争の激しさを物語っている。

次に、コンテンツの流通プラットフォームレイヤをみてみよう。前述したハードウェアメーカー3社は、ソニーの「Playstation VR」であればPlaystationなど自前のプラットフォームを構築、ユーザーと開発者を囲い込む戦略をとっている。Oculus Rift対応のコンテンツは発売時に50タイトル、HTC Viveは200タイトル。価格帯は500円(4.99ドル)から6000円(59.99ドル)と幅広い。他に、独立系として米国Valve社の「Steam」がある。Valve社は、ゲーム開発などを行いながら、プラットフォームも運営する。Steamで配信されるコンテツは、HTC ViveやOculusなどでも利用できる。

こうした各社のプラットフォーム以外に、スマートフォンを利用したVRコンテンツのプラットフォームとして、アップルのApp StoreやグーグルのGoogle Playがある。ゲームアプリと同様、無料から有料まで多様なコンテンツが揃っている。また、360度映像のプラットフォームとしては、YouTubeやFacebookが有力である。

カナダのVRゲーム制作会社「Camp Fire Union」のレスCEOは、「これからのVRゲームは、ネット上のプレイヤーと同時対戦するソーシャル機能が重要である」と述べている。VRゲームでも「ソーシャル」機能のニーズが高いのであれば、よりSNS系のプラットフォームの方が競合優位となる。

制作レイヤもコモディティ化が進む。ノキアの360度撮影カメラは600万円くらいするが、フランスの「Giroptic」社は499ドルの360度映像撮影カメラを発売している。このカメラは、3つのレンズで撮影しながら、そのまま映像をつなぎ合わせ、ライブ配信を可能にしている。日本では、360度撮影カメラの普及版としてリコーの「Theata」が65,000円で発売されているが、ライブ配信の機能はない。

ここまで見てきたように、VR市場はコモディティ化のスピードが速い。しかも、デジタル技術であるVRの市場構造は、ハードウェアメーカーが先行者利益を得る時間すらなく、製品の低価格化が進む。そこで、ハードウェアメーカーは各社とも自前のプラットフォームを作り、サブスクリプションモデルのビジネスに活路を見出そうとする。しかし、そこにもすでにGoogleなどの巨大な競合相手がいる。おそらく、今後VR市場の覇権は、このコンテンツのプラットフォームを制した者が握るだろう。

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