Netflix(ネットフリックス)について

メディア動向

Netflix(ネットフリックス)について、週刊エコノミストの2014年5月27日号に寄稿した。せっかくなので、ちょっといろいろ付け加えてここに書き残しておこう!

ネットフリックスはもともとビデオの宅配レンタルサービスで起業した。1990年代から2000年代初頭にかけて、ビデオを借りるといえば、ブロックバスターだった。お店に行ってビデオ借りて、また戻す。当たり前の行為だった。

それが、ネットフリックスは、ビデオを郵送して自宅まで届けてくれた。これは便利!自分の住んでたアトランタだと、ちょっと買い物に行くにも、車のエンジンかけて、スーパーまでいかなければならない。メンドくさい。とにかくなんでも家まで届けてほしい。そのビデオ版がネットフリックスである。

この宅配レンタルが受け、ネットフリックスはブロックバスターとの競争に勝った。第1次ビデオ配信戦争の終結である。現在、ブロックバスターは、衛星放送ディッシュ(DISH)のストリーミングサービスのブランドとして生き残ってる。

テレビはお金を払ってみるものというのがアメリカで生活する人の普通の感覚だ。これは、1990年代から20年間2,740億ドルものインフラ投資を行い、有料多チャンネル放送市場を開拓してきたケーブルテレビ産業の力である。ケーブルテレビの加入者は全米で5,600万件、衛星放送3,300万件を合計すると有料多チャンネルの普及率は80%を超す。

ネットフリックスは、そんな有料コンテンツ市場に月額8ドルで見放題というサービスで参入したのだから、まさにDisrupted Innovation、破壊的なイノベーションと言わずしてなんだろう。

そして、月額固定視聴料で見放題というサービスの発見である。インターネットの普及後、我々は見たいドラマを検索すれば見たい時に見れることを知ってしまった。そんなインターネットのオンデマンド文化。放送の拡大であった多チャンネルでは実現できないサービスである。インターネットを利用したサービスであるネットフリックスは、チャンネルを解体し、好きなときに好きな作品を見れる商品を投入したのだ。

以上まとめると、1)時代に合った視聴体験の提供、2)機器を選ばない利便性と3)低価格。この3点がネットフリックスの急成長の背景である。

そして、もっと重要なことは、テレビの外側に拡大する映像市場の可能性に気づいた企業はネットフリックス以外にいなかったという点だ。

ネットフリックスの次なる戦略

そんなネットフリックスの次なる戦略は、海外進出とオリジナルコンテンツ制作の2点に集約されよう。

2010年にカナダでサービス開始。その1年後に南米に進出。さらに2012年1月にイギリスに進出した。その後、アイルランド、オランダで開始、現在は北欧市場のサービス開始を予定している。

ネット配信サービス開始から3年で海外進出、7年で41ヶ国にまで増えている。海外会員は970万件。2013年度の海外売上は7.1億ドル。2.1億ドルの赤字である。海外市場に新規進出するときの初期投資が原因の赤字計上との説明であるが、米国の会員一人当たりの年間売上が87ドルなのに対し、海外73ドルと10ドルも低い。海外市場の単価向上はひとつの課題であろう。

オリジナルコンテンツに関しては充実度が増している。今までにエミー賞などテレビ関連の賞で80以上のノミネートを獲得している。

とくに2013年に公開したハウス・オブ・カーズは、アカデミー監督賞にノミネートされたこともあるデビッド・フィンチャーをプロデューサーに迎え、アカデミー主演男優賞を受賞したケビン・スペイシーが主演

する大型ドラマ。(フィンチャーとスペイシーの組み合わせは、ブラッド・ピット主演の映画「セブン」と同じだ)ネット配信用に制作されたドラマとしては史上初めてエミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞のベスト女優賞を受賞している。ハウス・オブ・カーズは、ソニー・テレビジョンが世界に配給するメジャー作品であり、オーストラリアなどのテレビ局で放送されている。

では、なぜネットフリックスが高品質なオリジナルコンテンツを制作できたのか?その理由は制作と流通が分離するアメリカの映像コンテンツの市場構造が背景にある。

日本と違って、映画会社がテレビ局を傘下に持つ企業形態であるアメリカのメディアコングロマリット。著作権コントール、作品の販売戦略は、制作者側であるスタジオが行う。タイムワーナー、ソニーといったハリウッドスタジオは、年間約20個のドラマをテレビ局向けに制作し、ゴールデンタイムでの放送が終わるとローカル局や海外に転売する。

アメリカはネットフリックスのような新興勢力も、お金さえ出せばオリジナルコンテンツを作れる。ネットフリックスは創業からオリジナル作品を制作するまでわずか10年である。セックス&ザ・シティなどオリジナルのヒットドラマを制作するケーブルテレビのHBOは創業から最初の作品制作まで約20年かかった。

コンテンツ制作という面からも、インターネット時代のスピードを感じることができる。

流通とコンテンツ制作の垣根は無くなりつつある
この破壊的なイノベーションに対応すべく、既存の大手メディアは合従連衡を繰り返している。
ケーブルテレビ最大手のコムキャストは、NBCユニバーサルを合計300億ドルで買収しコンテンツ制作部門を手に入れ、さらに今年2月、ケーブルテレビ業界2位のタイム・ワーナーケーブルに450億ドルで買収提案をしている。この合併が認められれば、加入者3,300万件とハリウッドスタジオを持つ巨大なメディアコングロマリットが誕生する。
いっぽう、ハリウッドスタジオもネットを介し消費者に直接映画を販売するウルトラバイオレットというサービスを2009年から開始している。
購入した映画をクラウド上に保管し、スマートデバイスから視聴する。アメリカ調査会社SNL Kagenによると米国のセルDVD市場は2010年に前年から半減し44.7億ドルとなった。
ウルトラバイオレットは、DVD販売のビジネスモデルそのままに、販売商品をディスクからデジタルファイルに変えたものと捉えることができよう。現在会員900万件、映画タイトル8,500点。フランスやドイツでも視聴可能な作品もある。
考えてみれば、映像コンテンツのビジネスモデルは3種類しかない。すなわち、1)広告モデル、2)単体の有料販売、3)月額サブスクリプションモデルである。
企業体としてのメディアは、この3つのモデルを時代に合った形態に変えて生き残っていくのだ。
ネットフリックスの課題
ネットフリックスは、ケーブルテレビが耕した有料映像市場を価格破壊という形で参入、通信キャリアやケーブルテレビが投資したインフラ上でビジネスを展開、成長した。グーグルなども含めたこうした企業をOTT(オーバー・ザ・トップ)と呼ぶ。インフラに投資せずに、自分たちだけ儲けるといったフリーライダー的なニュアンスだろうか。
映像視聴が集中し、トラフィックが逼迫する回線を維持する対応策として、通信キャリア側は、インターネット利用料金を従量課金制に移行しようとしている。すでに、利用量によって、数段階の料金体系になっている。
ネット中立性は色々な側面があるが、通信キャリアは利用頻度によって料金を変えるベきであるという論拠の一つに利用している。
今年2月、ネットフリックスはコムキャストに対し、何らかの料金を払い、ネットフリックス専用のサーバーからコンテンツを配信することに関して合意した。
ネットフリックスは、中小のインターネット接続事業者向けに、Open Connect(オープンコネクト)というCDN(Contents Delivery Network)サービスを提供している。全米で7ヶ所とロンドンにピアリングロケーションを設置し無料で開放している。
こうしたインフラ事業者向けのマーケティング以外にも、メーカーとタイアップしテレビリモコンにネットフリックスの赤いボタンを付けたり、サムスンと組んで4K配信の実証テストを繰り返していたり、またイギリスのケーブルテレビ事業者バージンは、自社STBにネットフリックスを導入している。(イギリスではネットフリックスとケーブルテレビは競合ではないのだ)
いまやネットフリックスはメーカーやケーブルテレビやハリウッドスタジオを巻き込んで新たな映像市場を創造していると言えそうだ。まさに、テレビ領域の外側に拡大する映像世界像をネットフリックスは体現してると言えよう。
日本への参入はあるんだろうか?
日本やアジアへネットフリックスが参入するのだろうか?それはいつか?と、ずっと言われ続けている。
ネットフリックスは、有料モデルが盛んな市場に、低価格と利便性で参入し、既存サービスを代替、競合に勝つのが得意な企業である。そんな企業の戦略担当は、日本市場をどうみるだろうか。
一人あたりGDPが38,000ドル。人口1億2千万。アメリカン・カルチャーが大好きな国民性は、とても魅力的である。しかし、さらに一歩調査を進めれば、5つあるテレビネットワークが3ヶ月ごとに新作ドラマを公開する。しかも、無料。ためしに、この前数えたら、BSもいれて一週間で50本以上の新作ドラマを無料で見れた。スゴイ。つまり、所得は高いが、映像コンテンツに個人がお金を払わない市場であることにスグ気づくだろう。
この市場環境を戦略企画担当がみたら、彼らの得意な既存サービスの代替戦術は効かないと考えるだろう。
また、ネットフリックスはその発祥からして、配信ネットワークといったレイヤの低い領域の知見が多い企業でもある。決して、いいコンテンツを作って、世界に売るという企業マインドではない。つまり、日本にコンテンツを売りに来るわけではない。安価なインフラを提供するのが他社と比べて得意なのである。
そんなこんなを考えると、なかなか日本には進出しずらいと思えるのだが、どうだろうか。

Ultra Violetが加入者に送信したサービス停止メール(2019年)

タイトルとURLをコピーしました