バーチャル・リアリティ(VR)コンテンツの方向性

10年後の未来

かつてマクルーハンは「テレビは触覚的である」と言った。(グーテンベルクの銀河系64頁)

2次元スクリーンの映像体験には、テキストや文脈を追うようなコンテンツ理解が必要である。それを「触覚的」であると表現したのだ。

であれば、手を動かしたり、視線の動きを把握できるVRは、映像の触覚性をさらに開拓するのだろうか。

人気ゲームクリエイターでありOculusの制作部門ヘッドのJason Rubin氏は、こう語る。

「VRはパラダイムシフト。映画もゲーム業界も、まだVRコンテンツの文法を確立できいない」(Fortune誌

つまり、コンテンツクリエイターもVRの未来は、現在の延長線上には無いことを自覚している。

確かに、VRコンテンツの一つ360度動画は、通常とは全く違う映像体験をもたらす。

VR視聴機器を顔に装着し、ロックコンサートのステージ上で撮影された360度動画は見るときに、首を振れば、自分の横で演奏している様子が見えるし、後ろを振り向けばドラム奏者が演奏をしている。上を見れば、ステージの幕や天井が見え、下を向けば楽器のコードが延びているが床が見える。

他にもアフリカの大自然で撮影された映像を見れば、右を向いてオアシスの風景をしばらく見ているうちに、後ろを振り向くと、ライオンが近づいて来る。

つまり、VRは、送り手が見せたいものを受け手が見せられるのではなく、受け手が主体的に見たいものを選択する必要があるコンテンツである。

右の風景を10秒見ていたら、左の風景も10秒進んでいる。

むかしテレビ界の大先輩に「テレビは時間である」と言われた。ライブこそがテレビの真髄であるという意味だろうか。

VRも360度円形に並べたレンズが捉える被写体がそのまま映像として流される。

視聴者に時間の推移を感じさせる編集が要らないという意味では、VRはテレビの拡張版とも言えるだろうか。ともかく、カットをいくつも繋げる通常の映像作品とは違う文法で構築される。

360度映像制作の担い手たち

こうした360度映像のプロバイダーは、テレビや映画業界出身者が多い。

VR業界の代表的なスタートアップJauntは、ディズニーや英国衛星放送のSky、ドイツのメディア大手アクセル・シュプリンガー、それにポール・マッカートニー卿などから1億ドルの出資を得た。

録画機メーカーTivoにいたArthur van Hoff氏が創業、NBCや出版大手Hearstの幹部を務めたGeorge Kliavkoff氏をCEOに招聘する。

2016年2月に開催されたMWCのセッションで、Hoff氏は「JauntはCinematic VRを標榜し、クオリティの高いVR作品を作っていく」と語っていた。

また、NYタイムズ紙に、360度動画のドキュメンタリーを発表したWithinは、映画監督のChris Milk氏創業の制作プロダクションである。

彼は、CES2016のYouTubeの講演にゲストとして登壇していた。シリアの難民を追いかけた彼らの作品「The Displaced」は、今年世界的な広告イベントであるカンヌライオンズでグランプリを獲得し、エボラ出血熱についての国連とのプロジェクト作品「Waves of Grace」はエミー賞にノミネートされている。他にも、U2のライブをVR撮影し、発表している。

スポーツの世界でも360度動画の試みも始まっている。米国の大手テレビ局であるFoxは、自社やソフトバンクが出資するNext VRの技術を使って、全米オープンゴルフのVRライブ中継をしている。

360度映像は、複数のレンズで撮影した動画ファイルを繋ぐ作業に時間がかかるため、ライブ配信は難しかった。ただ、家庭のテレビはVR視聴機器のように上下左右に動かすことはできない。そのため、この画期的なVRライブ中継はインターネット配信限定であった。

VRゲーム発展のポイント

次にVRゲームの動向を紹介しよう。2016年6月に行われたゲームの祭典E3では、VRコンテンツもスタートレック、スパイダーマンといった人気映画タイトルのVR版や、人気ゲームのVR版がリリースが大きなニュースになった。

Oculusは2016年中に100タイトルをリリースするという。新たなメディアが勃興する黎明期はいつの時代も同じように、知名度のある過去の人気タイトルのリリースが続く。しかし、今後はより新しいゲーム体験が求められる。それは誰が担うのか?

上記OculusのRubin氏は「モバイルのソーシャルゲーム市場が拡大した時と同じく、VRゲームは独立系のゲーム制作者にとってチャンスである」と語っている。

実際、2016年2月のMWCで、カナダのVRゲーム制作スタジオCampfire UnionのLesley Klassen氏は「VRは新たな市場なので小さな会社にもチャンス」と言っていた。彼は「これからのVRゲームには、当然のようにソーシャル機能が重要となるだろう」と指摘する。

ゲームコンソールからスマホのソーシャルゲームと進化してきたゲームは、過去の機能の積み重ねの上で、今後も発展していく。

VRコンテンツ市場の発展

コンテンツ自体を売るだけでなく、視聴行動データを売るのもビジネスになる。VRはスクリーンのどの場所を見ているか視線データを収集できる。

とあるアジアの国では、このデータを利用して、観光地のVRコンテンツのどの場所やモノに興味を惹かれたかというデータを集めているという。視線の集まった観光場所の整備やプロモーション強化を行い、旅行客を集める予定だという。

第1回で紹介したゴールドマンサックスによれば、VRのコンテンツソフトビジネスは2025年に約9兆円に成長すると予測されている。なかでも、コンテンツソフトビジネスはほぼ2兆円規模になる。

つまり、VR市場成長には、コンテンツビジネスの成長が不可欠である。

そして、それは独自の文法を確立したVRコンテンツや、それ以外のデータ利用と言った様々な切り口が貢献していく。

参考:Oculus Expects Over 100 VR Games in 2016, John Gaudiest, MARCH 24, 2016

(初出:Insight D by Yahoo! Japan 2016年)

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