バーチャルリアリティの市場構造 – VR market landscape

10年後の未来

1980年代米国の科学者ジャロン・ラニアーが「バーチャルリアリティ(VR)」という言葉を広めた後、1994年に公開された映画「ディスクロージャー」でマイケル・ダグラスは、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイ(HMD)と手袋をつけ、クラウド上のファイルを操作してみせた。

その10数年後、映画「アイアンマン」の天才科学者トニー・スタークは空中に浮かぶファイルをジェスチャーで操作していた。いま、我々はこうした映画で描かれた未来を気軽に体験できる。

今まで工場の生産管理や軍事シミュレーションなどに利用されていたVRが広く一般的になったのは、年間10億台以上もスマートフォンが売れ続け、高精細のスクリーンと加速度センサーが安価になったからだ。

現在、一番安くVRを楽しむには、グーグルの段ボール製VR機器「Card Board」を1000円程度で買って、YouTubeを見れば良い。360度どこを向いても映像が広がる世界を手に入れられる。

こうした廉価なサービスが多くの消費者を掴み成長していくことを、米国の学者クリス・クリステンセンは、「破壊イノべーション(Disruptive Innovation)」と呼んだ。VRは、通常の動画を駆逐し破壊し、新たな映像市場を創造するのかもしれない。

FacebookとGoogleが強化するVR

 

YouTubeは、VRコンテンツに力を入れる」2016年1月米国ラスベガスで開催された家電見本市CESで、YouTube幹部が1000人の聴衆を前に、VRについて熱心に語っていた。YouTubeのVR対応を始め、ニューヨークタイムズ紙と提携、100万人読者にCard Boardを無料配布して、シリア難民のVRドキュメンタリーなどを制作した。

その1ヶ月後、バルセロナで開催されたモバイル関連の見本市MWCでマーク・ザッカーバーグCEOはこう言った。「FacebookではVR動画が、1日100万回以上再生されている」同CEOは、4月に行われた自社カンファレンスでも、20年後の成長戦略にVRを挙げていた。

現在、モバイルの動画プラットフォームを牛耳るGoogleとFacebook2社はVRを新しい動画市場のエンジンと見ている。FacebookはVRのHMDを製造するOculus社を2億ドルで買収したし、GoogleもVR動画の制作スタジオと提携している。

米国Jaunt社のように、ディズニーなどから100億円以上も投資を集めたVRコンテンツの制作会社も出てきている。メディアもIT企業も、VRを成長市場と見て、巨額のお金が動いているのである。

VRの市場予測

調査会社の市場予測も強気である。金融会社ゴールドマンサックスが2016年2月に発表した資料によれば、世界のVR/AR市場は、2025年には800億米ドル(8.4兆円、1ドル=105円換算、以下同じ)に達する。

ARはAugment Realityの略で拡張現実と呼ばれる。現実の空間にデータを表示させる技術。主な利用用途は、ゲームやライブ中継、映画などの映像作品で、ほかには小売店や不動産など販売シーン、教育関連、それに医療、生産技術、軍事利用などが考えられている。

米国調査会社DigiCapital社の予想はさらに強気である。同社が2016年1月発表した資料によれば、VR/ARの世界市場は2020年に1200億米ドル(12.6兆円)に達するという。そのうち、VR市場が300億米ドル(3.2兆円)となっている。

VRの市場予測は、数年前まで1000億円足らずだった。それが、メディアやIT企業が巨額の投資で、これだけ強気になっている。

VRの市場構造

では、VRの市場構造はどのようになっているのだろうか。VR市場は、制作、流通プラットフォーム、視聴機器(デバイス)の3つのレイヤで構成される。

視聴機器レイヤの主要なプレイヤーは3社。台湾のスマートフォンメーカーHTC社、Facebookが買収したOculus社、それにソニーである。各社の機器は5万円から10万円前後。高品質であるが、高価でもある。

こうした高品質・高価格なメーカー製品に対し、Googleは前述した通り、廉価な視聴機器を発売し、この市場に参入している。

彼らは、VR機器を独自開発するのではなく、すでに30億台以上普及しているスマートフォンのスクリーンを借りる。その結果、VRを楽しむために消費者が支払うコストは高品質なメーカーの約100分の1に抑えられている。安価な視聴機器をまず広めたのち、コンテンツのプラットフォームや広告で儲けるビジネスモデルなのである。

Google以外でも、フランスのHomido社は折りたたみ式のVRメガネを1500円程度で販売しているし、他にも安価なヘッドマウントディスプレイ(HMD)を開発・販売するスタートアップ企業は山のように生まれている。

数年前、米国のケーブルテレビ市場を、安価で便利なサービスでNetflixが奪っていった。ケーブルテレビ市場は既に巨大なマーケットだったが、VR市場はまだ黎明期。

しかし、デジタル時代の宿命か、競合メーカーがまだ充分なシェアを確保できないうちに、安価な機器の洗礼を受けている。

サムスン製のVR機器は、当初価格が1万円程度であったが、発売6ヶ月でスマートフォンを買った人に無料で配布されるようになってしまった。

VR市場では、既存製品がコモディティ化していくフェーズが極端に短い。クリステンセンの破壊イノベーションにおける「破壊」する競合がおらず、高品質なモノから安価なモノまで同時進行で最初から競合する極めて新しい市場構造である。

そして、この両者は、次回述べる流通プラットフォームレイヤでも競合することになる。

(初出:Insight D by Yahoo! Japan 2016年)

タイトルとURLをコピーしました