米国タレントエージェンシー 「エンデバー」の上場

メディア動向
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エンデバー(Endeavor)上場

2019年5月23日、米国タレントエージェンシーのエンデバーが、米国証券取引委員会に上場目論見書を提出した。上場時期は、今年秋、公開価格はまだ未定である。(注1)

なぜいま、タレント・エージェンシーなのか?その背景には、アマゾンやネットフリックスなどのインターネット動画配信事業者の台頭や、YouTuberやインフルエンサーといった個人メディアの拡大、またディズニーのFOX買収といった既存事業者の合従連衡などのメディア・コンテンツビジネスの環境変化がある。こうした動向を受け、エージェンシーもIPコンテンツを獲得、その収益を経営の柱にしようとしている。今回の上場は、エージェンシービジネスの変化を、最先端で反映させたものといえるだろう。

エンデバーは、1995年現CEOのアリ・エマニュエル氏が設立。2009年にかつてチャーリー・チャップリンやマリリン・モンロー、エルビス・プレスリーも契約していた1898年創業のタレントエージェンシー、ウィリアム・モリス・エージェンシー社を買収。その後2014年に、錦織圭選手やシャラポワ選手やスーパーモデルを多く抱え、スポーツ、ファッション業界に強いIMG社を買収し、現在の体制を整えた。他に、2016年格闘技団体UFCも買収、ミスユニバースなどイベントコンテンツの権利も保有している。

エンデバーと契約するタレントは、6,000人を超えるとされる。2018年度アカデミー賞やエミー賞を受賞した俳優、監督のうち、エンデバー所属は最大勢力だ。ほかにも、米国で開催された音楽ライブのメインアクターの60%以上、またファッション業界では、トップ10モデルのうち7名が在籍している。なかでも、いちばん有名なのは、プロレス「WWE」の元チャンピオン「The Rock」ことドウェイン・ジョンソン氏だろう。数多くの映画に出演し、全米でいちばん稼ぐタレントとなっている。

タレントだけでなく、番組流通にも深く関わっている。エンデバーは、テレビ番組を160ヶ国以上に販売し、UFCといったスポーツイベントからアートショウまで、年間600以上のイベントを開催している。また、バドワイザーで知られる飲料会社アンホイザー・ブッシュ社やクレジットカード会社VISAをクライアントに、ブランディングなど広告代理店業務も行う。

こうして見ると、エンデバーは、単純なタレントのエージェント業務だけでなく、コンテンツビジネスそのものに深く関わっていることがわかるだろう。自社タレントをコンテンツに出演させ、コンテンツとタレントの付加価値を増しながら、企業ブランディングなどのB2Bビジネスも手がける。つまり、タレントエジェンシー、出版社などのIPホルダー、広告会社機能が集約されたメディアコングロマリットとなっている

では、エンデバーの事業内容は順調なのだろうか。2016年から2018年の3年間で、売上は23億ドル、30億ドル、36億ドルと伸びている。しかし、黒字だったのは、直近2018年の2.31億ドルだけ。2016年は9830万ドル、2017年1.74億ドルの赤字となっている。ただし、詳細をよくみると買収によるのれん代償却などを差し引いたEBITA(償却前利益)ベースで見ると、この3年間は黒字基調である

業界構造の変化

米国のメディア・コンテンツ市場は、巨大化を目指し合従連衡を繰り返す企業とそれを規制する政府のせめぎあいの歴史である。この20年で、音楽産業は5大レーベルから3大レーベルに集約、映像産業も、2017年ディズニーのFOX買収で、セブン・シスターズと呼ばれたハリウッド・スタジオ数は7社から6社に減った。ケーブルテレビ業界も、タイム・ワーナー・ケーブルは、チャーター社に買収され、コムキャスト社も各地のケーブルテレビを買収している。

メディアにタレントを供給するエージェンシー業界も同様に、エンデバー、CAA、UTC、ICMの大手4社に集約されている。顧客であるメディア企業の数が減れば、サプライヤーであるエージェンシーのプレイヤー数も減らざるを得ない。また、ネットフリックスやアマゾンなど動画配信事業者が、資金力を背景に監督やタレントに直接制作を委託し、冒頭述べた全米脚本家組合の運動のようなエージェント業務に付加価値を認めない考えも出てきている。データ・ドリブンなインターネット配信事業者が、コンテンツ企画の実現に大きな力を持つと、俳優や脚本家、監督といったスタッフのギャランティなどコンテンツビジネスの商流にも透明性が求められる。2019年4月に、全米脚本家組合が、40年以上続くエージェンシーとの契約形態に透明性を求めて大きな話題になった。

集約され巨大化した後のコンテンツビジネスの変化。エンデバーは、キャスティングビジネスから自らコンテンツを開発、IPビジネスにその領域を拡大している。元手のかからないエージェンシービジネスから、初期投資が必要なコンテンツIPビジネスへの参入。この意思決定が、エンデバーを上場、資金調達に駆り立てている要因である。

分散と集約

1995年がインターネット元年とすると、約25年。この間に、新たな代替メディアだけでなく、YouTuberやインフレンサーなど影響力を持つ個人が台頭し、メディアやコンテンツが分散化された。その対抗策として、既存メディアやコンテンツ企業は巨大化、集約化した。

今回のエンデバー上場は、インターネットの影響が、タレントエージェンシーという上位レイヤにまで到達した証であろう。通信と放送といった伝送路レイヤの境界が曖昧になっているようにエンデバーのようなタレントエージェンシーとディズニーなどの映画会社も、その境界が曖昧になっている。

これから、デジタル技術がさらに進むと、モーションキャプチャで3D組成されたキャラクターがスクリーン上で活躍するだろう。ハリウッド映画の人気シリーズは、すでに主役級の俳優の3Dデータを取得、映画がシリーズされても同じ容姿のまま俳優が出演できる仕組みを整えているとされる。ディズニーは、アベンジャーズのようなアニメキャラクターの権利を多数保有するエンデバーの6,000人のタレントもアニメなどキャラクター化を狙うだろう。次の動きは、ストーリーなどのデジタル化であろう。人工知能が自動で物語を制作、人工のキャラクターが演じる作品がエンターテイメントのコンテンツになるかもしれない。エージェントビジネスで創業したエンデバーが、今後どこまでこのデジタル化の波に順応、発展していくのか注目される。

(初出:週刊エコノミスト「米大手タレント事務所が上場へ ネットが加速するエンタメ再編」2019年6月24日

注1)エンデバー社は、一時上場を延期。2021年4月29日に再度、上場公開価格を公開した。

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